子どものころ、「もうちょう」ってよく聞く病気の名前でした。
だから医学生の頃は
「『もうちょう』は普通の病気だから、余裕に診断できるし、手術も簡単だろ」
と思っていたものです。
そのころは医者になった後、こんなに冷や汗をかく病気とは思っていませんでした。
すず小児科にはお腹が痛い子どもがたくさん受診します。
実は盲腸はそこまで多くなく、圧倒的に腸炎や便秘といった便通の異常が原因の子が多いのです。
「もうちょう」の正式名称・急性虫垂炎という言葉もだいぶ浸透してきましたが、逆に割合は便通異常が増えて、「もうちょう」は減ってきたように思います。だからといって見逃しは許されません。診断にはエコー(超音波検査)が非常に役に立つんですが、たくさんの患者さんに全員、超音波検査をしていると待ち時間がテーマパークになってしまいます。
そこで小児外科研修時代に尊敬する指導医から教えられた言葉を思い出します。
「すず、アッペ(もうちょうのこと)はどうやって診断する?」
「はい!エコーやってわからなかったらCTです!」
「いいか、すず。まず、お母さんからよく話を聞くんだよ。どこが痛いか、いつから痛いか、熱はないか、下痢はないか。そしてちゃんと子どもをベッドに寝かせて指先に神経を集中させて、丁寧にお腹を触るんだ。座らせたまま、お腹を触っても決してアッペ(もうちょう)の除外はできないぞ。検査するかしないかは、診察の後だ。真剣にお腹を触り続けたら、いつか手に病気を見抜く目が宿るぞ。何事も基本と繰り返しが大事だ。」
昔はお腹を触っても腸炎ともうちょうの違いがよくわからず、検査をして思っているのと違ったということが多々ありました。「ほんと、もうちょうってむずかしい」と思いながら診療していくうちに段々とお腹を触って「もうちょうだ!」とわかる瞬間が増えてきました。その後、自分で手術をして、お腹の中を実際に見てみると、触った印象通りのことも多くなってきて、大変嬉しかったです。
小児科になってメスを握ることは無くなりましたが、実際に診断から手術まで関わる経験ができたことが今の自分にとって財産となっています。これからも「もうちょう」だけではなく、たくさんの病気を早く診断して子どもの辛い症状をよくしてあげたいです。
それから20年以上になりますが、今も指導医の言葉を胸に、懸命に子どものお腹を触る新米開業医の自分がいます。
「じゃあ、横になってー。痛いとこどこかなー?いつから痛い?熱はないかなー、下痢はしてない?」と呼びかけながら。